★★★★☆の最近のブログ記事

最近に家族を亡くした立場には胸がつまる物語だ。死んだ人間自身がなにか伝えたいことがあったわけではない。ただ残されたものとして、なんでもよいから伝えて欲しかったことがあるのだと思い知る。
この映画では主人公の霊媒師を通して、それらが提示されるのだけど。それは本心でなくても構わない。あのときこう言ってほしかった、こうして欲しかった。突然に死んでいなければきっとそうしてくれるはずだった。それさえ納得できれば、自分は迷いなく生きていけるのだ。残されたものにとって心の整理の問題である。
他人の過去を霊視することが仕事だった主人公が、ラストシーンで初めて自分の未来を思い描く。妄想のとおりにはいかないけど、自然に手が触れ合って共鳴する瞬間がとても好きだ。
自分が主演しない監督作品では琴線に触れてくる、イーストウッドである。
ゾンビ映画ってこんなに楽しかったのか、と思える1本だった。例えば「バイオハザード」のグロと悲壮感(とミラジョボ)に耐えられず、ゾンビは苦手と思っていた。本作は内蔵を引きちぎったり奪いあうシーンもあるのに笑えるのは、主人公があまりにダメなオタクだからだ。
引き込こもりの青年は、ネットで鍛えぬかれたゲーム感覚によりゾンビの被害から生き残る。世界の終わりにきてオタク生活が役立つ、という妄想が実現されてしまったのだ。アニメを取り入れた映像や、まさかのラブ展開も楽しい。 コメディが似合うアビゲイル・ブレズリンがスパイス出してる。そしてなんといっても、ハリウッド・スター本人によるあの役である。嬉しいのは、映画の中の人だけではな いはずだ。
最寄りの映画館でたまたまリバイバルを見たものの、童貞少年のアイゼンバーグが、まさかアカデミー賞候補の「ソーシャル・ネットワーク」で主演を演じるとは(童貞にはかわりないけど)。
高崎という中途半端な郊外を舞台にしたなかで、出会いと別れと再生が描かれる。
酒と女に溺れるダメ男を演じている成宮寛貴は、「リービング・ラスベガス」のニコラス・ケイジを思わせる酩酊ぶりで、落ちるだけ落ちてゆく。元気がとりえのイケメンという成宮のイメージが崩された。そして、年上の女性ゆえのつっぱりが出てる内田有紀がいじらしい。ここまで弱くならないと素直になれない女である。
ロマンチックと程遠いのに、せつない。
吹割の滝を見に行かねば!


北のある街での静かな暮らしをオムニバス形式で描く。職を失った若者や、妻子に見向きもされなくなった夫、立退きを拒む老女など、それぞれ事情をかかえた家族が、わずかに交差しながら登場する。
架空の街という設定のロケを函館で行っている。函館山のロープウェイや路面電車、ドッグなど、ガイドブックに出ているような場所を描写しつつも、それらが乾いて冷たいものに見えてくる。都会と比べて地方の生活には温かみがあるのではと思っていたが、そうでもないのか。ざわめきや明かりがないぶん、よけい寂しくさえ見える。今年最後に見るにしてはあまりにやるせない映画だった。年末の物語というのもあるだろう。

観終わるまで分からなかった加瀬亮、あんなにヤな人間を演じることができるのか。
トワイライト・シリーズの最終話というのに相変わらず揺れる乙女心は、美少女の特権だ。結婚を誓った本命がいながら、猛アタックに負けてオオカミ族とキスしちゃう。ここはヒロインと同年代だったころの自分に重ねて楽しむしかないのだった。それはもう私だったら、あったかくてフワフワなジェイコブに守られたい!
ダコタ・ファニング率いるヴォルトゥーリ族の活躍が思った以上になかったのは残念、続編があると期待したい。
三池監督のバイオレンスが時代劇で炸裂だ。男子高校生を描いた同監督の「クローズ」の舞台をそのまま幕末に移したような、男の戦いが繰り広げられる。カンヌで話題になったこともあり、とても楽しみにしていた。
明石藩主の大名行列に13人で立ち向かうというのは無理があるものの、罠を仕掛けた宿場町での殺陣は見ごたえがある。目的の違いはあれど敵も味方も命を捨てての戦いは、残虐で卑劣きまわりない。謀反のリーダーとかつては同門ながらも、役目として藩主を守る好敵手の存在が唯一、物語に深みを与える。
伊勢谷で下品な笑いをとるところも、監督らしさだ。
海上保安庁の活躍を描くこのシリーズは、とにかく伊藤英明のかっこよさにつきる。それを見るために3D上映を選んだのだ。
映画が始まるといきなり本題の救助活動が始まっていた。説明がなくても人間関係や背景に説得力があるのは、ドラマと映画での積み重ねがあるから可能な展開だ。主人公の仙崎には小さな息子がいたりして、前回の「LIMIT OF LOVE」から同じ時間が過ぎている設定も気が効いてる。LOVEの経過は「海猿」のテーマとしては重要ではないとみえ、回想シーンで省略だ。
台風のなかで崩れ落ちていくガスプラントの描写はなかなか迫力があり、邦画でもここまでのCGとアクションが可能になったのだなと驚いた。仙崎だけが死にそうなるのはしつこいものの、あと何回やってもいいだろう。
言葉の通じない孫たちとカナダで暮らすことになったばーちゃんにセリフはなく、ただ用を足したあとに深いため息をつくのみだ。「かもめ食堂」で女心を癒した待望の荻上直子監督は、まさかの字幕映画だった。
英語を理解しようともしないばーちゃん(もたいまさこ)を中心に、スカートをはきたいピアニストの長男、自立しつつもイケメンに恋しちゃう長女、自分だけがしっかり物と信じている次男がいる。他人とかかわる日常でいかに自分らしく生きるかがテーマだ。
うまくいかなくてもいいんだよね。やりたいようにやればいいんの。なるようになるんだもん。いつまでも続くような日々に区切りをつけるラストもいい。だけどたぶん兄弟たちは変わらないと思うのだ。
好きな人とギョーザ食べたくなった。
表面だけの関わり合いをうまいぐあいに築く反面、心のどこかで深い絆を求めている。都会の人間関係の希薄さを描いた「パレード」と同じ吉田修一原作で、こちらは地方の閉塞感のなか人間の欲求を見せる。
ある偶然によって生まれた犯罪から、被害者や加害者を中心とした人生感が見えてくる。「大切な人が幸せになることが嬉しい」という言葉で愛情を示す被害者の父が印象的だ。たんたんと暮らす加害者の家族とそれを元気付けるものもいる。出会い系や悪徳商法にまで、何かを求めたいからこそ成り立つ社会なのか。
モントリオールの映画祭で女優賞を取った深津絵里はもちろん、物静かに演じた妻夫木くんが光っている。

イギリスの児童ファンタジーを、東京の郊外に置き換えながらゆたかな自然を描写している。ジブリは奇想天外なオリジナル脚本よりも、このような原作もののほうが好きだ。オーソドックスな子供向けと見えるなかに作画の美しさが生かされている。
古来より人間の家に住み着いている小人族の暮らしは、自然にあふれたロハスのようでありながら、人間界への狩り(借り?)が欠かせない点では過酷でもある。アリエッティにとって、出会ってはならなかった少年との出会いはドラマチックでもなく、クライマックスもない。ここではそれぞれが淡い気持ちを抱きつつ、自分の居場所に帰っていく。それぞれの時間のなかで、自分なりに生きようとする。
それでいいんだ、夏休みの思い出のような映画なのだから。